基金の経緯と趣旨について、「多喜二の手紙を小樽に!基金」を「小笠原克記念基金」と改めたとき(平成12年5月)の、解説パネルの文章をそのまま掲示いたします。
「小笠原克記念基金」とする。
故小笠原克小樽文学館長の発案で、三年前にはじめておこなった「古書バザール」がきっかけとなり、小樽文學舎が「多喜二の手紙を小樽に!基金」というものを設立し、全国的な反響を呼び、あまたの協力が寄せられたのは記憶に新しいことです。
今月、13日(土)、14日(日)の両日、三度、この古書バザールを開催することとなりました。このバザールの益金は、前回、前々回と同様に、「基金」に入れられることになります。
この「多喜二の手紙を小樽に!基金」という名称は、最初の目的(130万円で古書店に出された、小林多喜二の手紙を購入)にちなんで付けられ、その目的を果たした後も、当初の精神を生かしていくために使い続けてきたものですが、一方で、小林多喜二の資料だけを集めるための基金という誤解を受けてきたのも事実です。実際には、小笠原克館長自身が、最初に小林多喜二だけではなく、伊藤整あるいは啄木あるいは岡田三郎など、小樽文学館にとってどうしても必要な資料の収集に使わせていただく、と明言しているにもかかわらず。
先般開かれた小樽文學舎の総会のときに、このことが議題となり、このたびの第三回古書バザールを機会に、「小笠原克記念基金」と改称してはどうか、と発案あり、論議の結果、出席者全員の賛同によって承認されました。
「小笠原克記念基金」という名称は、文学研究者としての、あるいは小樽文学館長としての、いわゆる「業績」を、いわゆる「顕彰する」ためのものではありません。あくまでも、この「基金」を発案した小笠原克館長のその精神を、そしてそれがもたらしたことどもを私たちは銘記し、今後永久にこの文学館の「基本」としていく。このたびの基金の改称は、その「宣言」である、ということです。
小笠原館長存命ならば、おそらく色をなして私たちを叱るでしょうが、私たちは、あらゆる機会をとらえてこの基金の趣旨を、そしてこの基金の名称の由来を、様々な人々に伝えていくつもりです。
平成12年5月 小樽文學舎
「小笠原克記念基金」の収支のご報告は、ページを新設して詳細に行うつもりですが、とりあえず現状のご報告を。基金の収入は、基金への寄付金と、古書売り上げの一部からなります。「趣旨」にも記したように、「多喜二の手紙を小樽に!」基金のときのご寄付が全国から500人以上、300万円を超すこととなり、これがたいへんに大きいのですが、そのあとは、古書売り上げのなかから随時繰り入れております。
支出は、資料、それもとりわけ小樽文学館にとって重要で、高価なものに限っております。
以下、「多喜二の手紙を小樽に!基金」時代に購入できた資料と、支払った金額。
小林多喜二書簡雨宮庸蔵(中央公論社編集者)宛 1300000円
佐多稲子原稿(小林多喜二「安子」について) 120000円
宮本百合子書簡大熊信行(元小樽高商教師・経済学者・歌人) 580000円
伊藤整原稿(木馬社版「雪明りの路」あとがき) 400380円
「小笠原克記念基金」と改称後の購入資料
小林多喜二「蟹工船」ポスター(図案・朝野方夫) 300735円
そして「小笠原克記念基金」の平成13年3月末現在高が、763714円です。
近日中に、「小笠原克記念基金」のページを新設し、寄付の受け入れの仕方や、購入資料について詳しい解説も掲示したいと考えております。
一九九九年十二月九日に亡くなった小笠原克前小樽文学館長は、この文学館の財政がそれほど厳しいなら、自前で何とかしようじゃないか、と文学館の支援団体である「小樽文學舎」主催として、「古書バザール」を開催しました。大勢の市民からの古書の提供、たくさんのボランティアの支援で「古書バザール」は大きな成功をおさめました。
意を強くした小笠原館長は、当時札幌の古書店頭に百三十万円の値がつけられて売りにだされていた小林多喜二自筆書簡(一九二九年十月二十四日付『中央公論』編集長あて。多喜二の生涯の転機になったといってもよい重要な書簡。現在展示中)を、この「古書バザール」の収益(約二十万円)を元手にして広く市民からの寄付を募って購入することができないだろうか、と発案しました。
これはふたたび小笠原館長と私たちスタッフが驚くほどの全国的な反響を呼び、わずか二カ月で五百人を越える人びとから合わせて三百万円以上に達する寄付が寄せられました。その寄付のほとんどに、私たちの行為に対する共感と支援の言葉が添えられていました。
小笠原館長は、全国から寄せられたこの寄金を、将来にわたり文学館活動を支えていく「活力源」に育てていこうと、「小林多喜二の手紙を小樽に!基金」と命名しました。
小笠原館長没後、小樽文學舎では、こうした経緯を銘記し、発案した小笠原克氏の精神をより広く展開していこうと、同基金を「小笠原克記念基金」と改称いたしました。
この「基金」は、おもにふたつのかたちの「支援」によって成長を続けています。ひとつは寄付金(ご寄金の振り込み用紙があります)、そしてもうひとつはこのロビーに常時置いている「古書」(くりかえしますが全て無償で提供されたものです)の売り上げでした。それは今やこの文学館の「公費」に匹敵するほどの、「活力源」になってきております。
こうした経緯で、この文学館のロビーは、常時「古本屋さん状態」になったのですが、「古本を無償で提供いただく」ことが、直接に文学館活動の「資金源」となることとは別の展開をも、始めました。
「古書バザール」でも、必ずといってもよいほど売れ残る本があります。それは各種の「文学全集」の類です。こうした「文学全集」は、このロビーや一時保管場所にしていた別室の空間をふさぎはじめ、「古本が動く」ことを滞らせはじめました。これをみた亀井秀雄新小樽文学館長は、これらの全集を、研究資料等に活用してもらえるところに寄付してはどうか、と考えました。亀井館長は、北大教官時代、各国から来た留学生を指導し、かれらの日本文学研究への熱意と高い能力を熟知していました。そして、とりわけアジア各国における日本文学研究の基礎資料が非常に不足していることも知りました。さらに台湾や韓国の大学で客員教授や日本文学研究のシンポジュウムへの参加を重ねることで、それらの大学における日本文学研究への熱意と、それに見あう資料不足という現状を痛感するという経験を重ねていました。
その経験を踏まえ、韓国の国立木浦大学校の先生たちと相談をしたところ、喜んで寄付を受け入れたいとの返事を受けました。
小樽文學舎、文学館ではボランティアの皆さんのご協力をいただきながら準備を進め、三三〇〇冊の図書を送りました。図書は二〇〇一年初頭に木浦大学校へ到着。この寄付は、亀井館長をはじめ、文学館のスタッフ、文學舎会員も驚くほどの歓迎をもって受け入れられ、二月十二日には魯珍栄木浦大学校総長が、小樽文學舎への感謝状を携えて、小樽文学館に来訪されました。その後、図書の整理、登録が迅速に進められ、木浦大学校人文科学大学に「小樽文學舎寄贈図書室」(愛称「小樽文學舎の部屋」)が開設されました。
市民の皆さんから無償で提供された「古本」が、韓国との「市民レベルでの」(魯総長の言葉)学術・文化交流を生み出したわけです。
さて、ここからです。海外との学術・文化交流まで生み出した「(仮設)古本屋さん」を、どうして「廃業」するのか。
多くの市民から無償で提供された古本を、多くの市民が買ってくださいました。これは、いったん不要とされた本が、別の人によって新たな価値を見出されたということです。また韓国の大学で日本文学の基礎的研究資料として大きな喜びをもって受け入れてくださいました。これも、この地で不要とされた本が、かの地で大きな価値が新たに見出されたということです。
こうした経験を重ねるにしたがい、私たちは、この古本に「価格」をつけて「販売」することに疑問を覚え始めました。
昨年開催した「山口昌男氏の、(仮設)書物の神話学」展は、「古本」そのものが展覧会の重要なテーマでした。その山口昌男氏は、こういっています。「稀少で高価な本を手に入れることが古本屋さんのおもしろさじゃないんだ。雑本のなかからおもしろい本を手に入れる。これは本と出会ったその人が本の価値を見つけることだ。古本のおもしろさというのはね、本と人、そして人と人との『関係性』にあるんだよ」
本の価値を見つけるのは、その本に出会った人である。あるいは、「人は本を選ぶけれども、本は人を選ばない」(by 札幌大学生のボランティアSさん)。こうした考えに至って、私たちはこれらの古本に「価格」をつけて「販売」することを、やめることにしたのです。古本を提供していただき、それをまた他に提供することを止めるわけでは、ありません。
では、どうするか。
「ドネーション」(donation)という言葉をご存じでしょうか。「寄付」「寄贈」という意味です。海外の美術館、博物館では入館料を徴収しない館が、少なくないそうです。それらの館でも公費だけで十分な活動ができるわけではありません。そこでそれらの館では「ドネーション」ということを、積極的に来館者、また市民に呼びかけるそうです。
入館された方々は、美術作品や展示資料によって、それぞれの感動や知識を受け取ります。そして、そうした感動や知識にみあう、と、それぞれの方々が考えた「ドネーション」を行います。その額は、とうぜんまちまちです。
私たちは、こうした方法にならってみよう、と考えました。まだまだなじみにくいやり方かもしれません。「二〇〇円とか五〇〇円とか値付けしてくれたほうが、手にとりやすいよ」とのご意見もいただきました。それでは例えば、このようにお考えいただけないでしょうか。
例一「この本は、ふつうの古本屋さんでは一〇〇〇円ぐらいだろう。でもこの文学館は、いわばこれをただで仕入れたわけだ。とすればせいぜい二〇〇円くらいが妥当だろう。それでもこのビンボー文学館の活動の足しにはなるわけだから」
例二「この本は、ふつうの古本屋さんでもせいぜい二〇〇円くらいで売られるものかもしれない。けれども、私は小樽で、この文学館に入り、この作家のこの本に今出会った。それはただの偶然とは思えない。その感動の対価として、一〇〇〇円をドネーションしよう」
例三「たまたま妙な本をみつけたが、これがお金を払う値打ちがあるものかどうかもよくわからない。とりあえず今日はこれを借りていって、つまらなかったらまた返しにこよう。借り賃として五〇円」(懐かしの「貸本屋さん」みたい)
つまり、本の値はお客様がお決めください。そしてそれは、この「ドネーション・ボール」(ボール?「浮玉」みたいだけど……)にお入れください。私たちもいちいちチェックなどしませんから、どうかお気軽に。
といわれても、やっぱり困ってしまう方もおいででしょう。そのときは、そのへんで「仕事」をしていたり怠けたりしているスタッフに、どうか気軽にお声をかけてください。こうやったほうがいいんじゃない?というご提言も、大歓迎です。
古書のご提供は、ひきつづき受け入れさせていただきます。多量のときは、あらためてご連絡のうえ、車で引き取りにもうかがいます。本を動かすことによって、つぎに何が生まれるのか。スタッフもワクワクしています。こんごとも、よろしく。
小樽文學舎